【パチスロ時事ネタ】非公式発信の情報は悪なのか!?オカルトこそ「現在の楽しみ方」!

管理人のbanです。

今回は、「【パチスロ時事ネタ】非公式発信の情報は悪なのか!?オカルトこそ「現在の楽しみ方」!」をご紹介させて頂きます。

 

 

今の時代の楽しみ方は「オカルト」!?

 

 

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はじめに

いつも読んでいただきありがとうございます、JoH1(ジョーイチ)です。

今回は、巷で話題の何ちゃらモードや、それに付随する個人発信の情報などについて、僕の思うところなんかを語ってみようと思います。

今回もよろしくお願いします。

 

 

JoH1
JoH1

それでは、宜しくお願いします。

 

 

 

noteはオカルト!?

先ず始めに、僕の個人発信者に対する感情を書いておこう。

 

 

実はつい最近まで否定派だったのだが、少し考え方が変わった。肯定とまではいかないが、悪感情は今現在無い。僕の普段の発言を目にしてくれている方からすれば、驚かれるかもしれないが。

 

 

この変化は、自分がまだまだ偏見で物を見ていたなという反省があったからというのがある。悪感情が先にあって、それに理屈を付けていた部分を、とある方との会話でほぐしてもらったのだ。

 

 

そして、開けた視界で見てみれば、なるほど彼らの発信はユーザーならではの新しい楽しみ方なのだなと納得できた。

 

 

語弊がある言い方ではあるかもしれないが、今の時代に生まれた新説のオカルトなのだなと。因みに、僕はオカルトというものを、すごく肯定的に捉えているので、誤解の無きよう。

 

 

その上で思うことは、発信者として、特にそれで収益を得ようと思うのならば、言葉選びが雑だなぁということくらいか。これは自分にも言えることなので、意図しない炎上騒ぎにはならないよう、最新の注意を払っていきたいものである。

 

 

兎にも角にも、今回は割と肯定的な立場で書き進めていこうと思っている。

 

 

真実≠確からしさ

さて、自分の立ち位置を決めたところで、だ。

 

 

件の何ちゃらモード、そしてそれの基盤となっているであろう優遇冷遇のお話に触れてみよう。

 

 

僕個人の見解としては、嘘だろうが本当だろうがどっちでも良い。興味が無いと言う意味ではなく、だ。「へぇ〜、そういう考え方もあるんだ」という関心を持って、どちらだったとしても面白いなと思う。というのも、だ。

 

 

そもそも論として、理論の構築過程で、公表されている数値以外の部分に「〜と仮定した場合」が付く時点で、そこに真実ではなく主観という不純物が混じる。そして、どれだけの検証や理屈を重ねても、そこに生まれるのは仮定を裏付ける「確からしさ」だけであって、真実とイコールであるとはならないと思うからだ。出た答えが合っていたからといって、途中の式や計算が間違っていることもあるということだ。辿り着いたと思った答えがそもそも間違っている可能性すらある。

 

 

だからといって、そういう積み重ねの上に出てきた答えを、嘘だのこじつけだのと否定しているわけではない。

 

 

これも世の中色々な実験や検証をされている方々に真っ向から喧嘩を売るような発言かもしれないが、長い間真実だとされてきた事柄が、後年ひっくり返るなんてこともそれなりにあるだろう?そういうことだと思うのだ。

 

 

映画や書籍、音楽などでも、発表されたものに色々な考察をする人がいる。その中には、作者の意図を完璧に汲み取っているものもあれば、深読みし過ぎ・的外れな物だってある。そして、そういったことをまるで気にせず、「わぁ〜すごいな。面白かったな。」と純粋に楽しむ人たちも大勢いる。それら全てひっくるめ、きちんと向き合って楽しんでいる、素晴らしい人たちだと思う。これでこそエンターテイメントだ。

 

 

そこに、例えば後日談として、作者から「あそこはこういうことを伝えたかったんですよ。」といったコメントが出たり出なかったりするのも、楽しみの1つだと思う。世に出て客の手に渡った後に、製作者からできることは、せいぜいこのくらい。どう楽しむも、基本的にはそれぞれ次第だと思うのだ。

 

 

実は楽しむことという意味では、制作側の意図や真実なんてのは、野暮の極みなのでは無いかとすら僕は思っている。

 

 

 

忖度≠配慮

ただ、商売・興行、そして製作者の感情という方向から見ると、悪評に関して一言言いたくなる気持ちはわからないでもない。

 

 

個人の感想ですと添えたところで「あんなつまらないものはない。金の無駄だ。あれに触れようとする奴の気がしれない。」などとやられれば、金銭的にも感情的にもダメージが大きいのは理解できるだろう。

 

 

「そういう意図ではない」くらいの言い訳はしたいし、せめて「僕には響かなかったが、こういう人には何か伝わるかもしれない。」など、言葉を選んでくれと。そう言いたくなるのは、仕方のないことだと思うのだ。

 

 

そしてその弁明に、作り方が悪いだとか、もっと誰にも分かるようにしろだとかの意見を重ねるのは、それこそ無粋・野暮ってものだろう。

 

 

その意見を受けて、考察の余地もない、底が浅くていちいち注釈のあるものを、楽しいと言えるのか?あらすじを読めばすべてがわかるようなものに、お金を払いたくなるのか?

 

 

少なくとも僕は、それに触れようとは思わない。それこそ、そういうものがお好きな方でどうぞ、だ。

 

 

少し話がズレたが。

 

 

先に述べた発信者に対しての感想、「雑だなぁ」というのは、こういうことだ。これは、忖度しろとかおべっかを使えということではない。自分の影響力を考えて、言葉を選んで、きちんとエンターテイメントとして成立するように心掛けないとね、ということだ。

 

 

因みに、はなから炎上狙いなどというものについては、個人的に独りよがりで愚かで論外だと僕は思っているので、考えからは外す。(……この考えもまた偏見なのかしら?)

 

 

また、有料であるから云々という話に関して。

 

 

こちらは、所謂オタク文化の祭典コミケを筆頭とした同人活動的な解釈として、僕はあまり問題ではないように感じている。あくまでそちらの例を参考にすればだが、今まで権利者が黙認してきたことからも分かるように、越えてはいけない一線さえ守れるならば、ユーザーの楽しむ権利として認められると思っている。

 

 

 

 

自己表現はユーザーの権利

しかし、ここまで書いてみて、自分の考えの変化に驚いている。最初にも書いた通り、情報公開というものに対して僕は否定的だったのだ。

 

 

それは、前の項で触れた全てをつまびらかにする事が、考える楽しみを損なう行為・野暮だという感情と偏見からくるものだった。

 

 

しかし広く考えてみれば、ユーザーのユーザーらしい楽しみの発露として、非公式の発信・考察には今の時代の「楽しい」がしっかりと詰まっているのだなと思えるようになった。

 

 

あとは、身内で飲みながら話しているのでなく、不特定多数の目に触れることを配慮して欲しいということを、汲み取れるかどうかだけ。それだけで、真剣に調べ、真剣に向き合った発信者たちの熱意は、他の誰かの楽しみに繋がっていくものだと、僕には思える。

 

 

そして、ユーザーすべてが発信者になり得るこの時代。お店やメーカーの苦労が偲ばれると同時に、それすらも楽しんで、僕らを上手に手玉に取って欲しいものである。

 

 

 

まとめ

さて、如何だったでしょうか?

非公式、それも個人(であると思われる)に限ったものとして、思うところを書き連ねてみました。公式や大手メディアと範囲を広げれば、また違ったことも考えたりするのですが、それはまた機会があれば…ということで。

 

JoH1
JoH1

今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

ライター:組長JoH1@hz+(@joh1hzs

 

 

【パチスロ懐かしい機種】あの頃は熱かった!?衝撃的だった4号機~まとめ一覧表~
今回は、「【パチスロ懐かしい機種】あの頃は熱かった!?衝撃的だった4号機~まとめ一覧表~」をご紹介させて頂きます。 本記事は懐かしい4号機のまとめ記事となります。あなたの懐かしい機種を教えて頂ければ記事にさせて頂きます。ぜひあなたのコメントください!

 

 

最後までご覧いただきましてありがとうございました。

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