梅原大吾 プロフェッショナルに出た日本人初プロゲーマーの歩みとは

元気ですかー!元気があればなんでもできる!

毎度おなじみbanです。

みなさはん、日本人初のプロゲーマーをご存知ですか?

日本人初のプロゲーマーは「梅原大吾」選手です。

私自身、最初のeスポーツの動画を見たのが梅原選手でした。

私が梅原選手にほれ込んだのが、梅原選手の「物事を捉えるときの考え方」です

梅原選手は会社や大学などに講演会の講師としても呼ばれることがあり、講師として自分の生

き方や考え方をお話するのですが、その考え方がすばらしく気づいたら、その日一日梅原選手

の動画だけを見続けていました。

YouTubeで梅原選手の考え方を語っている動画がありますので是非ご覧ください。

今回はそんな日本人初のプロゲーマー「梅原大吾」選手のプロフィール、今までの優勝履歴をご紹介させて頂きたいと思います。

それではどうぞ

梅原大吾のプロフィール

本名:梅原 大吾(うめはら だいご)

年齢:1981年5月19日生まれ(37歳)

性別:男

愛称:Daigo、The Beast(=野獣)

職業:プロゲーマー(専門ゲーム:格闘)

ウメハラ選手は、15歳でメーカー公認のオフィシャル全国大会にて優勝し、日本一になり、17歳の若さで世界チャンピオンのタイトルを獲得した。

2010年4月 23歳の時にアメリカの大手周辺機器メーカー「Mad Catz」と、スポンサー契約を結び、プロデビューを果たした。

以降、格闘ゲーム界のカリスマとして、18年間にわたり世界の頂点に立ち続ける。

EVO2013(=大会名)では5年連続ベスト8入りし、大会歴代記録を更新した。

同大会にて2年連続優勝(2009年&2010年)も記録となっている。

ラジオやテレビ出演をはじめ、企業や大学などからも招待を受け、特別講師としても活躍している。

2016年2月に開始したTwitch配信は、日本ダントツ1位、世界でも格闘ゲーム部門で1位のviewer数を誇っている。

格闘ゲームを始めたきっかけ

ウメハラ選手のお姉さんがきっかけでゲームセンターへ行くことになり、13歳でゲームセンターを覚え、それからゲームセンターで対戦型格闘ゲームを始めるようになった。

意外かもしれないがウメハラ選手は、格闘ゲームにどっぷりハマるまでは、実は学校のクラスのリーダー的存在であった。

しかし、ゲームにハマっていくことで、次第に友達との会話になじめず、周りから離れていき更に格闘ゲームの世界へ没頭していった。

1994年13歳の中学生の頃に『スーパーストリートファイターⅡX』で才能が開花した。

当時好んでいた『ヴァンパイアハンター』では、286連勝という記録を残している。

(この記録も負けたわけではなくお店の閉店時間がきたことで強制終了した為、286連勝となっている)

23歳で人生の転機 

23歳の時に日本人初のプロゲーマーとして、契約をすることとなったが、ここまでの道のりは、決して順風満帆とは言えなかった。

当時プロゲーマーという職業はなかった為、ゲームで食べていこうという考えはなく、高校を卒業後、フリーターで色々なアルバイトを点々としながら生活費を稼いでいた。

(アルバイトでは1週間でクビになったり、はたまた面接時に不合格を通知されたりであまり覚えが良い方ではなかった。とウメハラは語っていた)

そんな時期を過ごしていたが、23歳の時(海外のゲーム業界ではウメハラは有名な人物として既に知られている)、当時働ていたアルバイトには同世代のアルバイト仲間が4人もおり、

そのアルバイトは比較的長く続けられた。しかし、そんな時期も長くは続かなかった。

同年代のアルバイト仲間は、一斉に就職していったのだ。

その時に、自分の将来が不安になり、ゲームでは食べていくことができない為、自分の経験値を活かせる世界で稼ごうと考えた末、麻雀の世界へ行った。

雀荘で働きながら麻雀を学び、3年で食べていけるようになるまでになったが、しかし、格闘ゲームではあった「本当の好き」という部分が見いだせず、麻雀で食べていくことへの気持ちが徐々に下がっていき、麻雀の道もやめてしまう。

その後、勝ち負けのある世界に疲れ、勝負のない世界で生活したいと考え、親が医療関係の仕事で働いていたこと影響もあり、介護の仕事をすることになる。

格闘ゲームとは離れて勝ち負けのない世界で普通の生活することに慣れてきた。

が、ここでウメハラの人生を変えるゲーム「ストリートファイターⅣ」が発売されたのだ

友人たちから、何度も誘われる為、一度だけと思い付き合いでゲームセンターへ行ったら、相当なブランクがあるものの勝てる勝てる。

その時に、格闘ゲームへの情熱を思い出し、格闘ゲームを再開した。

(まだ、この時は趣味である)

そんなある時に海外の大会にウメハラは参加しないかと招待された。

ウメハラは悩んだが、生涯海外に行くこともないと思い招待を受けた。

(海外のゲーム業界ではウメハラは有名であった)

そして、その大会でまさかの優勝。大会は大盛り上がり。

その時に後の日本人初プロゲーマーの最初のスポンサーとなる「Mad Catz」がプロとしてやらないかとスカウトしたのだ。

そして、ウメハラは日本人初のプロゲーマーとなった。

背水の逆転劇

この勝負をきっかけにウメハラの名前は爆発的に知れ渡った。

2004年に開催されたEvolutionの『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』部門にて、

ウメハラ対ジャスティン・ウォン(アメリカ)の対戦でそれは起きた。

ウメハラは「ケン」を使い、ジャスティンは「春麗(チュンリー)」を使っていた。

第1試合第3ラウンド。このときケンの体力はほぼゼロで、春麗の「鳳翼扇」を一度でもガードすれば即KOの状況。

ジャスティンの春麗は、梅原のケンに必殺技をガードさせて、体力を少しずつ減らして勝負をつけようと超必殺技の「鳳翼扇」を放った。

※鳳翼扇(ほうよくせん)とは左右交互の足で百裂脚を繰り出し計14回の蹴りを放つ技である。

回避するためにはブロッキングにより全てを捌くしか無かった。

※ブロッキングとは…

相手の攻撃が当たる直前に、前方もしくは真下にレバーを入れることで、

攻撃を受け止めるシステム。成功するとダメージを完全に無効化すると同時に、

相手に一定の追加硬直時間を与え、通常のガードよりも早く動くことができる。

しかしブロッキングはタイミングがシビアで難易度が高く、連続してキックが繰り出される「鳳翼扇」をすべてブロッキングするのは、超高難度である。

しかも、観客も大勢いる中の大舞台の為、更に難易度は上がっている状況である。

ウメハラの現状+難易度を10段階評価で例えると、こうである。

一流プレイヤー同士でのブロッキング成功・・・7段階

観客も大勢いる中でのブロッキング・・・8段階

大ピンチの状態でブロッキング・・・9段階

鳳翼扇14回をすべてブロッキング・・・10段階

「鳳翼扇」を放たれた瞬間、誰もがその瞬間ウメハラの負けを予想した。

しかし、ウメハラだけは違った。

ウメハラのケンが次々と14段の蹴りを全てブロッキングで捌いたのだ。

しかも、春麗は反撃でキックをしてきたが、ケンはジャンプから空中ブロッキングしすかさず反撃の「飛び蹴り」→「足払い」→「中昇龍拳」、そして超必殺技「疾風迅雷脚(しっぷうじんらいきゃく」を叩き込み、まさかのスーパーウルトラ逆転KOに成功したのだ。

その時の動画がこちら。

引用元:evo2kvids 様

観客も大興奮。神業だ。

そんな人間離れした技をいとも簡単にやってしまうのがウメハラのすごさだ。

後ほど紹介するが、この戦いは、動画視聴のギネス記録に認定されている。

スポンサー最多契約

日本人プロゲーマーの中でスポンサー最多契約しているスポンサーは5社

レッドブル

2016年5月14日、オーストリア大手飲料会社レッドブルと契約を結ぶ。

Twith

2016年6月4日、Amazon提供のライブストリーミング配信プラットフォーム、Twithと契約を結ぶ。

HyperX

2016年12月1日、アメリカのKingston Technologyの製品ブランド、Hyper Xと契約を結ぶ。

Cygames

2017年3月3日日本の株式会社Cygamesと、アメリカのPr BalrogとSnake Eyesと共に契約を結ぶ。

NSURGO

2017年5月24日様々なキャラクターグッズを手がけているNSURGOと契約を結ぶ。


今まで優勝してきたタイトル

1997年

  • ゲーメスト杯 ヴァンパイアセイバー優勝

1998年

  • ストリートファイターZERO3 カプコン公式全国大会 優勝
  • ストリートファイターZERO3 カプコン公式世界一決定戦 優勝

2000年

  • ストリートファイターZERO3 第3回全国大会 個人戦優勝
  • CAPCOM VS. SNK MILLENIUM FIGHT 2000 全国大会 優勝

2003年

  • 闘劇03 スパII X 優勝 
  • EVO2003 スパII X 優勝
  • EVO2003 GuiltyGearXX 優勝

2004年

  • Absolution2004 スパII X 優勝
  • Absolution2004 GuiltyGearXX #RELOAD 優勝
  • Absolution2004 ストIII 3rd 優勝
  • EVO2004 スパII X 優勝
  • EVO2004 GuiltyGearXX 優勝
  • 第4回クーペレーションカップ ストIII 3rd 団体戦 優勝

2005年

  • 闘劇05 ストIII 3rd 優勝 

2007年

  • Darkstalkers Combination Cup 2  ハンター部門 優勝(パイロン)

2009年

  • Street Fighter4 US National Tornament ストIV エキシビション・世界一決定戦 優勝
  • ストリートファイターIV 闘劇前夜祭5on5 塩沢杯 優勝
  • EVO2009(アメリカ) ストIV 優勝

2010年

  • World Game Cup 2010 ストIV 団体戦 優勝
  • Seasons Beatings 4 ストIV 個人戦 優勝
  • Seasons Beatings 4 スパII Turbo HD Remix 優勝
  • EVO2010 スパIV 優勝
  • Socal Regionals 2010 ストII Turbo HD Remix 優勝
  • CANADA CUP 2010 スパIV 個人戦 優勝
  • CANADA CUP 2010 ストII Turbo HD Remix 優勝
  • Norcal Regionals 2010 スパIV 団体戦3on3 優勝  
  • Norcal Regionals 2010 ストII Turbo HD Remix 優勝
  • 名古屋ストリートバトル #17 スパIV 優勝 

2011年

  • Revelations 3 スパIV AE Edition 個人戦 優勝
  • Norcal Regionals 2011 スパIV AE Edition 個人戦 優勝
  • EVO2011 CASINO CUP スパ2X優勝
  • 綾野杯5on5 ストIV 優勝 
  • TOPANGAチャリティーカップ 優勝 
  • 名古屋ストリートバトル #30 スパIV AE 優勝 
  • NSB meets Mad Catz TE-S special night スパIV AE 優勝

2012年

  • Community Effort Orlando 2012 スパ2X 優勝
  • ウメハラPRESENTS EVO前哨戦! スパ4AE Ver.2012 優勝
  • Seasons Beatings Redemption  スパ2X 優勝
  • ストリートファイター25周年 公式全国大会 格闘秋祭りスパ4AE2012部門 優勝

2013年

  • K.O. FIGHTING GAME FESTIVAL スパ4AE2012 優勝 
  • DreamHack Winter 2013 スパ4AE2012 優勝

2014年

  • TOPANGAワールドリーグ スパ4AE2012 優勝
  • HK Esports Tournament ウル4 優勝
  • TAIWAN CAPCOM PRO TOUR ウル4 優勝
  • Capcom Pro Tour アジア最終予選 ウル4 優勝

2015年

  • NorCal Regionals 2015 ウル4 優勝
  • TOPANGAワールドリーグ2 ウル4 優勝
  • Stunfest 2015 ウル4 優勝
  • Gunslinger Stratos 2 × ULTRA STREET FIGHTER IV「桜花乱舞杯」 ウル4 優勝
  • 第5期 TOPANGAリーグ(A) ウル4 優勝

2016年

  • E-Sports Festival HongKong 2016  スト5 優勝
  • OzHadou Nationals 14 スト5 優勝
  • Lockdown 2016 スト5 優勝
  • Milan Games Week 2016: CPT ヨーロッパ地区決勝 スト5 優勝
  • Red Bull 5G 2016 東地区代表決定戦 スト5 優勝 
  • Red Bull 5G 2016 FINALS スト5 優勝
  • Abuget Cup 2017 スト5 優勝
  • Fight Club NRW -VIII- スト5 優勝
  • E-Sports Festival Hong Kong 2017スト5 優勝
  • TWFighter Major 2017 スト5 3on3 優勝 

2018年

  • Canada Cup 2017 スト5 3on3 優勝 
  • VS Fighting 2018 スト5AE 優勝

ギネス記録

2010年
「世界でもっとも長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」として、ギネス世界記録に認定された。
 
 
2016年
「ウルトラストリートファイターⅣでの最高ランキング」と、「最も視聴されたビデオゲームの試合」がギネス世界記録に登録された。
 
「ウルトラストリートファイターⅣでの最高ランキング」とは、世界中に存在するウルトラストリートファイターⅣプレイヤーの中で、ランキング1位に君臨することを称えたもの。
 
 
また、「最も視聴されたビデオゲームの試合」とは、YouTubeにアップロードされた2004年EVO competitionのジャスティン・ウォンとの対戦映像である。
累計再生数は5,385,142回再生である。
 
 

まとめ

  1. 格闘ゲームをはじめたのは小学生の時である。
  2. 背水の逆転劇にて一躍有名人になる(現在進行形)
  3. スポンサーはプロゲーマー最多の5社と契約している
  4. 優勝した数64回である
  5. 3つものギネス記録をもっている

ここまで御覧頂きありがとうございました。

また、御覧頂ければ幸いです。

 

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